唐突だが並盛中学校には禁忌とも言える暗黙の了解が存在する。ひとつめに群れること、ふたつめに風紀委員に逆らうこと、みっつめに校則を破ること。これさえ犯さなければ概ね平和な学生生活を謳歌できるということは、この学校に入学してしばらくすれば嫌でも理解できる。 すべてが学校のみならず並盛全域に恐れられている風紀委員絡みである。まさに触らぬ神に祟りなし。しかし裏を返せば、風紀委員に見つからずに事を起こすだけの要領の良さと度胸さえあれば多少のタブーだって恐るるに足りない、ということだ。もちろん自己解釈。

という訳でこうして校舎裏の見つかりにくい木の陰でのんびりお昼寝タイムを決め込もうとしているのである。
きっかけは昼食後についうっかりこの場所で眠りこんでしまったことなのだけど、風紀委員の見回りがあったにも関わらず誰にも見つからなかったのでこれ幸いと時々この場所をいわゆるサボりの絶好スポットとして利用させて頂いている訳だ。成績は一応上位に入ってるし、このサボりを除けば生活態度も概ね良好。教師も多少のことには目を瞑ってくれるだろう、というちょっとした楽観のようなものがあったりする。



「さて、天気もいいし今日は気持ちよく眠れそう・・・」

「・・・あれ、さん?」



まさか風紀委員!?と一瞬焦ったが、どうもそんな厳つい声音ではなく、むしろ穏やかで気弱ともとれる声。なんだか聞き覚えがあるぞと思って振り返れば、予想外にも同じクラスのダメツナこと沢田綱吉くんが驚いたような表情でそこにいたのである。腕時計を見やればもう授業が始まっている時間だ。いかにも規則を守って風紀委員に目を付けられぬよう波風立てずに生きるタイプだと思っていたのだが検討違いだったのだろうか。



「驚いたのはこっちなんだけどなあ・・・沢田くんって授業サボるタイプだったっけ?」

「え、違うよ!ただ、ちょっと保健室に行こうと思ってさ。」

「ああ、そうなんだ。」



そうだよね、沢田くんが堂々とサボる訳ないよね。ほっとしたのもつかの間、改めて沢田くんを窺ってみる。言われてみれば顔色が悪い気もする。まあ、いつも忠犬よろしく傍を離れない某イタリアからの転校生の奇行とも呼べる行いのせいでいつも顔色が悪そうに見えることはこの際置いておこう。しかしあることを思い出して、あ、と声をもらせばますます不思議そうな顔でこちらを見つめる沢田くん。なんか小動物みたい。



「保健の先生って男子に冷たいって評判だよね?」

「うん、そうなんだよね・・・。先生に行った方がいいって言われてきたのはいいけど・・・。」

「しかもこの時間、先生いないと思うよ?」

「まーたどっかでナンパしてるんじゃあ・・・」

「え、何か言った?」

「何でもない!」



最後の方に何か言っていた気がするけど本人ははぐらかしたいみたいだし、追及しないでおこう。しかし先生も保健室事情くらい考慮してくれればいいのにね。職員もたまに出入りするらしいけど、女性と男性の扱いがまるで違うのは変わらないんだし。というよりそんな保健医を雇った学校側もどうなんだろう。風紀委員が人事関連には手が出せないとも思えないし。 ともあれ、保健室は今鍵がかかっているだろうからベッドだけ使わせてもらうのも不可能だ。休むところがなくてこのまま教室に帰るのも大変だろうし。どうしたらいいものか、と少し思考したところで簡単な結論に辿りついた。



「沢田くん、ここで休んでいけばいいよ。」

「えっ?」

「ここね、木の後ろに行けば風紀委員の見回りからも見えないし。」

「そうだったんだ・・・」

「割と絶好のサボり場所だと思うよ?」



悪びれもなく笑ってみせれば予想通り沢田くんは苦笑していた。そういうところ真面目そうだもんね。ほら、と若干戸惑う沢田くんの手を引いて木陰に座らせる。しばらくきょろきょろと興味深げに辺りを見回していた沢田くんが冗談抜きで小動物にみえたことは内緒にしておこう。言ったらへこんじゃいそうだし。とりあえず沢田くんの隣に腰をおろして木の幹に背中を預ける。これだけで穏やかな気分になれるから不思議だ。



「なんか新鮮だなあ、授業中にこんなところにいるなんて。」

「そうでしょ。静かだし、日当たりはいいし、何より風が気持ちいいし。」

「本当だ。お昼寝するのにはいいかも。」



そう言って笑う沢田くんは、教室で見かける気弱な笑顔ではなく、もっと自然で優しい笑顔だった。多分こっちの方が本当の沢田くんなのだろう。なんだか新たな一面を発見してしまって嬉しくなる。ふと、ポケットに入っている携帯電話の存在を思い出した。手探りで取り出し、そっとカメラ機能に切り替え、沢田くんの気付かない下の位置からボタンを押せば、ぱしゃりと締まりのない電子音が響いた。



「ちょっ、さん!?今写真とったでしょ!」

「あはは、ばれちゃった。」

「そりゃシャッター音なんて聞こえたら気付くよ!」

「うーん困ったなあ、シャッター音は消せないんだよね。」

「そこ悩むとこじゃないから!それより写真消してよ!」

「えー、駄目?」

「うっ、そう聞かれると弱いんだけど・・・。そもそもなんで俺の写真なんてとるんだよ・・・。」



がっくりと項垂れた沢田くんを見てちょっとやりすぎたかなと思ったけど、落ち込んでいるというよりは呆れているようだったから気にしなくてもいいような気が。質問への答えを探しながら先ほどとった写真を確認すると、穏やかな笑顔の沢田くんが下からのアングルでばっちり写っていた。そのことに満足して沢田くんの了解も得ずにデータフォルダに保存する。それから再び沢田くんを見ればじっとこちらを見ながら答えを待っているようだった。律儀なんだなあ。



「うーん、理由かあ。やっぱり残しておきたかったからじゃないかな?」

「残すって何を?しかもなんで疑問形?」

「それは勿論沢田くんの貴重な笑顔。疑問形なのはなんとなく。」

「貴重な、って・・・。」

「でも実際そうでしょ、沢田くん教室だと苦笑ばっかりだもの。」

「う、それはそうかも。」

「でしょ?楽しそうに笑ってることもあるんだけど、こういう感じの笑顔は見たことなかったかな、って。」



言いながらも私の手はカチカチと携帯のデータフォルダを整理するので忙しい。視線も画面に向いていたから、その時の沢田くんの表情は見えなかった。彼はなにも言わないし、私も何も言わない。沈黙がそろそろ数分にもなる頃、沢田くんがおもむろに、しかし自信なさげに口を開いた。



「なんて言うか、その、さんって意外と俺のこと見てたり、する?」

「・・・へ?」



この発言に驚いたのはもちろん私だ。私が、沢田くんを?そんなことはないと思う。意識して沢田くんに注目しようとはしていなかったし、友達との会話でも彼の話題なんてほぼあがらないし、話のネタになったとしてもやっぱりダメツナだよね、くらいだ。私自身はそれに頷いたことはなかったけれど、とにかく私にとってはただのクラスメイト。その程度の認識しかない、はず。そんな私の考えを読みとったかのように沢田くんはでも、と付け足した。



「表情とか性格とか、随分詳しく話すんだなって思って、さ」

「・・・。」

「って俺の思い上がりかもしれないんだけど!」



沢田くんは慌てて否定していたが、私はその事実に呆然とした。確かにそうだ。唯のクラスメイト程度しか関心がなかったはずの沢田くん。それならどうして彼が教室で困ったように笑うことが多いのだとか、しっかり授業をうけて真面目にすごす性格なのだとか、あとは口に出さなかったけど存外顔立ちが整っているだとか、そんなことを知っているのだろう。それにさっきの写真だってどうして撮ろうなんて思ったのか。ましてやデータフォルダにしっかり保存までしてしまったのか。

実は私、無意識に沢田くんのこと見てた?

ひとつの仮説(おそらく正解であろう)に思い至った私は、急に気恥ずかしくなってしまった。意識ひとつでこんなに変わってしまうのか。もうまともに沢田くんの顔が見られない。なんとかしなきゃ。フルスピードで考えた結果、そういえば沢田くんは体調が悪かったことを思い出した。



「なんか話しこんじゃってごめんね!ほら、沢田くん寝てないと!」

「え、あ、そういえばそうだっけ。でももう良くなったみたいだ。」

「そ、そう?良かったね。」



結局沢田くんに休んでもらって冷静さを取り戻す作戦は空振りし、妙にざわめきだした心境をごまかすように曖昧に笑うしかなかった。 風が頬を撫でる5時間目、チャイムがなるまではまだかかりそうだ。





不意打ち注意報
(笑ってハートを打ち抜くよ!)





2012.5.19
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