愛しかった。その感情に偽りはなく、自分の中に居座るそれに名を付けるのなら愛情こそふさわしいのだろう。 憎かった。しかし相反する感情もまたとぐろを巻き、隙あらばこの胸を焦がす恋情を喰らいつくそうと機会を窺っているのも事実だった。 全てが決まる、前夜。 ケセドニアで過ごすことになったルーク一行は、それぞれが決戦前の自由な時間を満喫していた。 ガイはナタリアの様子を見に行き、ジェイドは酒場、アニスは既に宿に戻ったようだ。 ルークはティアとミュウ、ノエルとともにアルビオールでどこかへ飛んでいったようだったが、今しがた戻って来た。 遠くに緋色と亜麻色が連れだっているのを視認すると、どうしても内側からじわりとどす黒い何かがせりあがってくる。 いつものことだ。気にすることはない。 そう言い聞かせてもうねりは簡単に収まることなくあちこちを蹂躙する。 痛い。どこが?胸が、こころが。 「?」 「・・・あ、ルーク。」 「どうしたんだよ、ぼーっとしてたぞ?」 「んー、やっぱり緊張してる、のかな。」 「ははっ、やっぱり。俺も緊張してるよ。」 いつの間にか傍まで来ていたルークが不思議そうに声を掛けてくれたところで私はようやくはっとした。 危なかった。もう少しで汚い感情をルークに見られてしまうところだった。 そんな私の内心にも気付かずに彼は隣で黒く塗りつぶされた深淵の空を見上げる。 紅い髪が風に揺れるたび、夜空とのコントラストが綺麗だななんて思った。 「今夜は星が綺麗に見えるな・・・」 「そうだね。お昼は雨が降っていたから、夜も天気が悪いままかと思ったけど。」 「流れ星とか見えないかな?」 「運が良かったら見えるかもね。」 「よーっし、ちょっと待ってみるか。」 命の終わりを幾度となく映してきた翡翠の双眸は、今なお滅びに向かっているかもしれない夜空の光を懸命に辿っていた。 今まで数えきれないくらい恐怖して、悩んで、苦しんで、そして絶望して。 奪った命を背負って、それでもルークは笑うのだ。自分は自分だから、もう大丈夫だと。 一人で背負うには重すぎる罪と責任に苛まれても、覚悟の灯った強い眼差しで。 隣で流れ星を探すルークに、無性に謝りたくなった。 流れ星なんて、そんなもので願いが叶うというのなら、私はこんなに苦しんだりしないよ。 この空に散らばる光をすべて集めて流しても、きっとかなうことなんてない。 「、ついてきてくれて本当にありがとう。」 「どうしたの、急に。」 「いや、だって俺いつもに頼ってばっかだったし。」 「いいんだよ、そんなの。私が好きでルークについてきたんだから。」 「そうか?でも、がいてくれて本当に良かった。」 そう零したルークは穏やかで、でも今にも泣きそうな顔をしていた。 思わず魅入ってしまった私はすぐには動けなくて、ゆるゆると視線を外すのが精いっぱいだった。 綺麗だと思う。例えその両手が血に濡れていたとしても、私なんかよりずっと綺麗だ。 きっともうすぐルークは消えてしまう。 不確定ながらもあながち外れてはいないであろうその未来を悲しみ、恐れ、そして安堵しているのだ私は。 私の願いが叶うことより、彼女の―きっと誰よりもルークに近いであろう、亜麻色の髪を持つ少女の―願いが叶う方がずっと怖かった。 誰かに焦がれるルークなんて見たくない。誰の元へも行かないで。 「・・・そろそろ戻ろう?明日に備えなくちゃ。」 「そうだな。流れ星見られなかったのが残念だけど・・・。」 まだ残念そうな彼をほら、と促せば案外すんなり歩きだしてくれた。そのことにほっとして歩みを止める。 砂を踏みしめる音が一人分しか聞こえないことで振り返ったルークにちょっと忘れ物したから、と笑えば早く戻ってこいよと彼も笑う。 おやすみ。明日、頑張ろうな。その言葉を残してルークは宿へ向かって行った。 残された私は彼の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見送り、立ちつくした。 明日。全てが終わる日。どうしてこんなに虚しいのだろう。 ふいと視線をずらせば、昼間は鮮やかに店先に並んでいたドライフラワーが目に入った。 セントビナーから送られてきたであろうそれらは夜の帳の中、静かにそこに佇んでいる。 「でもね、寂しいんだよ。」 多分口にして彼に届けることはない独白は、夜闇にくすんだ花に消えた。 アネモネに寄せた寂寞 2012.4.21 |