その日は風も強くないし、海軍もライバルである海賊も特に見かけない穏やかな日だった。みんな船室に籠ることはしないで外にいたし、戦いのないゆっくりした時間を楽しんでいる。そんな中オレたちは次の島目指して船を進めている。前の島でログポーズが溜まるのに随分時間がかかったから長めに島に滞在していたこともあって、オレは早く次の島に着いて欲しい、冒険がしたいという興奮でいまも落ち着かない心持ちだ。どんな奴がいるのかな。おもしろいもの見つけられるかな。うまい肉あるかな。美味しそうな肉料理が頭の中を駆け巡ったところでぐうう、と腹の虫が鳴いた。やっぱりどんなときでも腹は減る。飯食いてえ。



「サンジー!飯ー!」

「つい2時間前に朝飯食ったばっかりだろうが!ちったあ我慢しろ!」

「ええー!?メーシー!」

「うるっさいわよルフィ!静かにしなさい!」



この船自慢のコックに昼食をせがんだが、呆れかえったように一蹴された。ついでに航海士の一喝つきだ。ああ、腹減ったなあ。この分だと昼になるまでは飯はお預けだ。空腹の時間ほど恨めしいものはない。少しでも何かお腹に入れたい。こっそりナミの蜜柑の木からその実をひとつ頂こうとして腕を伸ばせば、予測していたかのようにクリマタクトではたき落とされた(すごい顔でこっち睨んでた。こえー)。ちえっ、失敗か。諦めてごろんと甲板に寝そべると、上からひょっこり視界に入ってくる奴がいる。だ。



「腕、叩かれてたけど大丈夫?」

「ああ、平気だ。」

「そっか、良かった。」



そう言ったはほっとしていたように見えた。こいつは立派な医者を目指している。チョッパーと一緒だな。今日もチョッパーと一緒に勉強していたはずなんだけど、いつのまにかこっちまで来てたみたいだ。は何かと周りの人間の怪我に敏感らしくて、こうしてちょっとでもオレがダメージを受けたところを見るとすぐに心配してやってくる。もちろんありがたい。それに熱心だと思う。でもいくらなんでも心配しすぎじゃねえか?オレだってちゃんとした海賊だし、強えぞ?前に一度そう聞いてみた時があったけど、放っておけないから仕方がないのだと困ったように笑っていたっけ。隣いい?とが聞くからおお、と返してオレも起き上がった。その隣にが腰を下ろす。



「これ、前の島で買ったリンゴなんだけど食べる?」

「おお!いいのか?」

「うん、まだ残ってるからいいよ。」

「ははっ、ありがとな!」



が差し出した真っ赤なリンゴ。確かには市場でいろんな果物買ってたな。オレは肉の方が好きだけど、は野菜や果物の方が好きなのだ。だからこんなに細っこいんだろうな。もっと食えばいいのに。齧りついたリンゴは甘酸っぱくていい香りがした。酸味と甘みが心地よくて美味い。しゃくしゃくと歯触りのいい音を立てながら口を動かしていると、が嬉しそうにこちらを見ているのに気付いた。



「見てて楽しいか?」

「楽しいって言うよりは嬉しいかな。」

「嬉しい?なんでだ?は食ってねえだろ。」

「うん。でもルフィが美味しそうに食べてくれるからそれだけで嬉しいの。」

「ふーん・・・そんなもんか?」

「うん、そう。」



また一層嬉しそうには答えた。じわじわと胸のあたりがあったかい。もちろんの笑顔のお陰だ。ああそっか、オレも嬉しいんだ。が嬉しいとオレも嬉しい。オレが美味そうに食べるからも嬉しい。これってきっとすごく似ている。もしかしたら同じなのかもな。そうだったらいいのに。無性に幸せな気分になってししっ、と笑いが零れた。は一瞬不思議そうな顔をしてから笑い返してくれた。そんなにずいとリンゴを差し出す。



「ん、も食えよ。」

「えっ、いいよ、ルフィにあげたんだから。」

「ああ、オレが貰った。それをにあげるんだ。いいだろ?」

「・・・そっか。」



じゃあ一口貰うね、とは小さくリンゴを齧る。美味いだろ、と聞けばうんと幸せそうに頷く。 どちらともなくまた笑う。こんな小さいことでもこんなに満たされた気分になる。不思議だなあ。

ふと思い立ってぎゅっとその体を抱きしめてみればいつになく焦ったの声が聞こえてきた。オレの体はゴムでできてるからそれなりに柔らかいと思うけど、の体はもっと違う柔らかさがある。それにこんなにくっついていると、いつもよりの香りが近い。微かに甘いその香りがオレは好きだ。思わず首元にすり寄ればぴたりとの言葉が消えた。少しだけ顔を見上げたら、リンゴに負けないくらい頬を染めたと目が合う。あったけえ。そう呟いたらとろけるような笑顔で、こてんとは頭を首を傾げた。あ、肉よりもすきなもの、見つけたかもしれねえ。
いつの間にか手を離れたリンゴが転がる音がした。



はちみつ りんご
(それがしあわせのレシピでしょう?)





2012.6.8

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