お昼休みを告げるチャイムが鳴ったと同時に騒がしくなる教室内。 私、はうららかな春の陽光を楽しむでもなく一人ぽつんと状況に取り残されていた。 いつもなら数量限定スイーツを求めて我先にと購買へスタートダッシュを切っているはずなのに。 理由は単純、ここ最近頭の中を支配している「とある人物」について悩んでいるからだ。 まあ、ご察しの通りこの年頃特有の恋愛の悩みである。 恋愛ごとでどうこう悩む柄ではないと思っていた自分がここまで頭を抱えている。 その事実をどこか客観的に見てしまって乾いた笑いが漏れた。 そもそも自分がどうしてこんなに悩んでいるのかすら分からなくなってきた。 むむ、と唸る傍ら、突然降って来たその声に私は体を強張らせる羽目になる。 「最近元気ないわね。」 「あ、明日香ちゃん・・・」 机に突っ伏する私に声をかけたのは、オベリスクブルーでもトップクラスの実力を誇る天上院明日香。 ちらりと彼女に視線を向けるも、いたたまれなくなってすぐに顔を伏せた。駄目だ、敵わない。心の中でため息をついた。 明日香ちゃんは頭もいいし、デュエルだって強い。何よりその抜群のプロポーションと華やかな容姿が一層私をみじめにさせる原因だった。 別に私の想い人が明日香ちゃんに気があるようだとか、そんな噂は聞いたことがない。彼はデュエル一筋だし。 けれど明日香ちゃんを見ていると惹かれない男性はいないのではないかと内心どうしようもなく不安だった。 万が一その推測が当たっていれば、私に勝ち目なんて万に一つもないのは火を見るより明らかだ。 「悩み事でもあるなら遠慮なく相談してくれていいのに。」 「ううん、いいの。どうせ些細なことだから・・・」 「その些細なことでがここまで落ち込んでるんだから尚更よ。」 「でも・・・」 「それとも私には話せない類のものなの?」 「うーん・・・そんなんじゃない、と思うけど・・・」 それでも渋る私の様子に嘆息して、明日香ちゃんはこの話題を切り上げた。 ただし本当にどうしようもなくなったら聞かせて貰うからね、という一言を残して。 ありがとう、と返した声は思った以上に弱弱しくて、自分でも相当参ってるんだと再確認した。 (とにかくお昼ご飯たべなきゃ・・・) 思考に反して正直にも鳴きはじめたお腹の音に、やっぱり今のところは大丈夫なのかもと考え直した。 いつもより遅く到着した購買は混雑のピークを過ぎたらしく、生徒の数もまばらだった。 当然お目当てのスイーツもお気に入りのパンも売れ切れていて、仕方なく残っていたパンと飲み物を買うことにする。 ふと、風通しのいいところで食べたくなって、屋上へと足を運んだ。 開け放った先に見えたのは、どこまでも広がるスカイブルーと。 「お?じゃん!」 声をかけられたというのに、あまりの偶然に思考が完全に停止していた。 だってそこにいたのは紛れもなく現在進行形で絶賛片思い中の相手、オシリスレッドの遊城十代だったから。 夢でも幻でもなく、本当に彼がここにいて私の名前を呼んでいる。 (え、なんでここに?しかもなんで名前知ってるんだろう?話したことないのにあれ?) とにかく混乱から回復しない私を見かねて、遊城くんはこっちこいよとぐいぐい私の腕を引っ張ってさっきまで彼が座っていたところまで連れてくる。 なんだか力が抜けてしまってすとんと腰をおろせば遊城くんは満足したらしく、食べかけのパンを攻略にかかっていた。 まだこの現実に追いつけない私はといえばぼーっとすることしかできず、次々にパンを胃袋に収める遊城くんを見つめることしかできない。 「、昼飯食べないのか?」 「え、あ、うん、食べるよ。」 「そっか。さっきからぼーっとしてたから具合悪いのかと思った。」 「ううん、そんなことないよ。大丈夫。」 わ、ちゃんと喋ってる。会話できてる。そんな些細なことで感動した。 当たり障りのない会話だけれども、意中の相手と面と向かって会話していることが、嬉しい。 袋からクリーム入りのメロンパンを引っ張り出して齧りつけば、甘くて優しい味がした。 「なあ、それ売れ残ってたやつ?」 「え、これ?うん、そうだよ。」 「うわ、まじか。俺興味あったんだけど見つかんなくてさ。一口だけ食ってもいいか?」 「うえ!?」 「あ、やっぱ駄目?」 「い、いやそんなことないけど、その、」 「じゃあいただき!」 遊城くんの唐突なお願いに再びパニックに陥る。だってそれって間接キス・・・! しかしメロンパンを持つ腕ごと引っ張られ、心の準備もへったくれもなかった私はあっさりと体勢を崩してしまった。 あ、まずい。そう思った時には手遅れだったけど、一瞬見えたのは遊城くんの焦った表情。 次の瞬間にはすっぽりと彼の腕の中だった。 「・・・っ!」 「悪い!いきなり引っ張ったからだよな・・・」 「う、あ、あの」 「あー・・・その、なんだ、って思ったより小さいんだな。」 それは一体どういう意味なのか問い詰めたいところではあったけれども、そんな余裕はどこにもない。 もうそろそろ離してくれてもいいんじゃないの、かな。あ、でももうちょっとこのままでも・・・。 複雑に入り混じった感情が氾濫してまともな思考ができない。私も動けないし、遊城くんも動かない。 それは数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。 ゆっくりと遊城くんの温度が離れていくのを感じて、少しだけ寂しいと思った。 完全に元の位置に戻った時、一瞬だけ目があって、心臓が大きく跳ねた。ああ、やっぱり私は。 「・・・その、悪かった。」 「えと、大丈夫、だよ。」 ぎこちなくなった空気に気まずさを覚えて、私も視線を空へ投げた。 だからばつが悪そうに視線をそらした遊城くんの頬が微かに染まっていたことなんて、私には知る由もなかった。 交差する一瞬 (その一瞬に揺さぶられたのは他でもない自分) 2012.3.13 |